シェアハウス 物件の実力
卸売物価が税率3パーセントの消費税込みで1・7・パーセント程度上昇しただけでは、金融引き締めに転換するほどのインフレを心配する状況ではなかった。
89年12月中旬に、S氏がS氏に代わってN銀行総裁になるが、S総裁の念頭にあったのは、円安と地価高騰で、「円がずるずる安くなるということは、私には理解できない」とか、「今度の公定歩合の引き上げ(90年21月20日の第4次引き上げ)ももちろん地価を抑制するためにとった措置ではありませんが、市中貸出金利の上昇は土地投機を抑えることに何がしかの効果があることは意識してやったわけであります」と述べている。
S総裁の発言からは物価の安定は聞こえない。
ということは、このときの一連の利上げはインフレ抑制のためではなかった可能性がある。
確かに、インフレを抑える目的であれば、オーバーナイト・レートをあれほど急激に引き上げて、貨幣増加率をマイナス0・6パーセント(1992年10月前年同月比)にまで引き下げる金融政策を取る必要は全くなかった。
そうであれば、上のS総裁発言からは、当時の利上げ目的は「地価バブルつぶし」と「円安防止」になる。
S総裁発言の1990年3月の円・ドルレートの月中平均は157円65銭の円安であった。
私はこのときの金融引き締め政策の真の目的は「地価バブルつぶし」で、円安防止は第2の目的だったのではないかと推測している。
当時は、株式についてはすでにバブルの崩壊が始まっていたが、地価は東京圏の地価高騰が地方にも波及し、それが再び東京圏に跳ね返ってくるという状況であった。
そのため、「地価高騰を抑えよ」という世論が強く、マスメディアも、公定歩合を次々に引き上げるSN銀行総裁を「平成の鬼平」と称え上げたものである。
鬼平とは池波正太郎の小説『鬼平犯科帳』の主人公で、火付け盗賊改方の長官、長谷川平蔵、人呼んで「鬼の平蔵」、略して、「鬼平」のことである。
地価バブルを退治してくれるSN銀行総裁はまさしく悪を退治する「平成の鬼平」だったのである。
しかし、バブル退治の金融引き締め政策を取れば、経済は資産デフレ、さらに、厳しいデフレ不況に陥り、それからの回復は容易でないことは、すでに1930年代のアメリカ発の世界大恐慌で経験済みであった。
そして、1980年代当時までには、大恐慌の原因とその克服策に関する、いわゆる「国際派」の研究が蓄積されつつあり、N銀行にはそれらの研究から学ぶ時間は十分にあったのである。
「円の足かせ仮説」。
A氏はN銀行がインフレ率が高くなっていないにもかかわらず、金融引き締めを開始するのは、N銀行が「円の足かせ」にとらわれているからであるという「円の足かせ仮説」を提示している。
そこでこの仮説を紹介しておこう。
1985年のプラザ合意(ドルの主要国通貨に対する価値を国際協調により切り下げる合意)以降、実際の円・ドルレートは国内企業物価で測った購買力平価よりも円安になりそうになると、円高に反転している。
国内企業物価で測った円とドルの購買力平価とは、日米の国内企業物価を等しくするような円・ドルレートのことである。
ただし、1995年以降は円・ドルレートの天井は購買力平価よりも2パーセント高い水準へ移動している。
「物価の安定」を検討した結果は「検討継続」「円の足かせ仮説」は大変興味深く、かなり説得的ではあるが、私には現在のところこの仮説の妥当性を検証する材料が不足している。
そこで、ここではこの仮説が存在する。
A氏は実際の円・ドルレートが購買力平価(1995年以降は購買力平価の2パーセント円安・ドル高の水準)よりも円安になる局面では、金融政策は引き締め気味に運営されてきたことを示している。
すなわち、この購買力平価が金融政策の足かせになっているというのである。
ただし、A氏の金融引き締めの定義は金利ではなく、マッヵラム・ルールで算出した2パーセントの名目成長率を達成するための最適なマネタリー・ベース残高と実際のマネタリー・ベース残高の示離で測定されている。
マッカラム・ルールとはアメリカの経済学者であるマッカラムによって開発された一定の名目成長率を達成するために必要なマネタリー・ベース残高のことである。
「円の足かせ仮説」が妥当すると、「デフレ懸念が払拭されていなくても」あるいは「高いインフレが懸念されなくても」、実際の円・ドルレートが購買力平価(またはその2パーセント増し)の天井(円安の天井)にぶつかると、金融は引き締めに転換されることになってしまう。
これは「物価の安定」を使命とするN銀行にとって由々しき仮説である。
前にN銀行は2000年3月8日開催の政策決定会合で、「新N銀行法が施行されてから約2年を経過し、『物価の安定』という中央銀行にとっての基本的な問題を総合的に検討する良い機会である」というH総裁の提案に基づいて、N銀行執行部にこの問題について検討するよう指示することになったことに触れた。
この検討の結果は、2000年10月13日に「『物価の安定』についての考え方」という題で発表された。
ゼロ金利解除は2000年8月2日であったから、
N銀行が「物価の安定」をどう考えているかを紹介し、その考え方の要旨を示しておこう。
「物価の安定」とは、「インフレでもデフレでもない状態」である。
これを言い換えると、「家計や企業等のさまざまな経済主体が、物価の変動に煩わされることなく、消費や投資などの経済活動にかかる意思決定を行うことができる状況」と表現できる。
しかし、物価指数にはバイアスがあるなどの理由で、この概念的定義を具体的な数値で表すことは困難である。
ただし、名目金利はゼロを下回って低下し得ないことなどを考えると、金融政策は経済がデフレ・スパイラルに陥ることのないよう十分注意して運営されるべきである。
この面からは、金融政策の運営上は物価指数の変化率でみて若干プラスの上昇率を目指すべきとの考え方は、検討に値する。
現実の日本の物価情勢をどう評価するかについても検討を行った。
その結果、
1.90年代の日本の物価上昇率の落ち着きは、景気の低迷による需要の弱さを反映する面が大きかったこと
2.しかし、最近ではこれに加えて、技術革新や規制緩和、国際競争の激化、流通革命などの供給サイドの要因が物価低下圧力として作用しているとみられること
などの点が確認された。
以上から、「物価の安定」の定義を何らかの数値で示すのであれば、その数値は将来かなり長い期間にわたって妥当することが期待される。
しかし、現在の物価情勢を考えると、経済の発展と整合的な「物価の安定」の定義を特定の数値で示すことは困難である。
また、そうした中で仮に何らかの数値を公表しても、現実の金融政策運営に関する信頼に足る指針にはなり得ず、金融政策運営の透明性向上にも役立たない可能性が高い。
したがって、「物価の安定」の定義を数値で表すことは適当ではなく、諸外国の中央銀行が採用しているインフレ目標のような数値化は現実的でもないし適当でもない。
以上のように「物価安定報告書1」は「物価の安定」とは、「インフレでもデフレでもない状態」であるといいながら、物価安定の数値化はできないという。
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